無常の世を生きる

以前から見たかったこの山。2月、退職記念に行ってきた。

あと半年ほどで還暦を迎える。5年ほど前に双子の孫を連れ帰ってきた娘は、先日、心広き青年の下に嫁いでいった。いまは家内と二人、静かな生活を送っている。

昨年末、大病が見つかり、年の初めに体にメスを入れた。その後、長年勤めていた職場を辞め、この歳で全く別の組織に飛び込んだ。葛藤はあった。いろんな不安があった。でもいまは吹っ切れたのかもしれない。危機感を感じることはなくなった。なんとかなるさと。

新しいブログを始めるタイミングが来たと思い立ったが、テーマが決まらない。大好きな山歩きも、日常の運動も、テーマにふさわしい活動はすべて停止している。そうであればと、自分の人生を少しだけ書き残しておこうかという気になり、書き始めることとした。

タイトルは、仏教用語の「無常」を使うことにした。別に宗教にハマっているわけではないが、この言葉にたどり着いた。この世のすべての現象は絶えず変化していて、ひとつのことに執着してはいけない。そんな仏教の教えが、いまの自分に刺さった。もちろん、このブログで教えを広めようという傲慢な気はさらさらない。自分の小さな人生でも、それなりにいろいろあった。いろいろ見た。そしていろいろ考えた。そんな些細なことを書こうと思う。

「トレッキング初心者が始めちゃったブログ」は、生涯の楽しみと思っていた山歩きについて書いていたが、これからも続くかは今は分からない。

「なぜ書くのか」と問われているような気がする。「そこに人生があるから」と、J.マロリー風に格好いいことを言ってみたいが、そうではない。何かを残したい、ただそれだけ。どうだろう。

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