雪が降った日
こんなに積もるのは何年振りのことだろう。 その日の朝は静けさで目が覚めた。一人リビングにおりてカーテンを開けると、そこには真っ白な世界が広がっていた。しんしんとなおも大粒の雪が降り続いているその光景は、北国生まれの心をくすぐる。幼いころは、こんな朝を迎えるといても立ってもいられず、当時、アノラックと呼んでいた上着、黒ゴム長、そして毛糸の手袋を身につけて、ソリを引きずって近所の坂に向かったものだ。そんなことを思い出しながら、しばらく雪が降る光景をぼうっと見つめていた。 珍しく遅めに起きてきた家内と「今日はどこにも出かけずにいようね」と、息のあった意見を交わし、遅めの朝食をとった。この日は、毎週見ている「あっぱれ」と叫ぶテレビ番組を見て、撮り溜めた録画を見て、途中、昼寝を挟み、再び起きてからは、前日、図書館で借りてきた本を読んで過ごした。気がつくと夕方にさしかかり、あんなに降っていた雪もすでに止んでいる。こんな日もあっていいと、久しぶりのゆっくり過ごした一日に春の背中はまだ見えない 。 冬が長くなると、春が待ち遠しくなる。これが夏であると冬が待ち遠しくなる。人間、わがままだなと思うが、一方で近年の天候は、この年齢になると、寒さも暑さも極端すぎて生きにくくなっている。それでも自分なんかはまだ恵まれているのかもしれない。歩けるし、寝られるし、働けるし、食べられる。大病をしてこそ、そんな気持ちに辿り着いた。気づいていない人が多いだろうが、この世の中、当たり前はない。ありきたりな言葉と思われるかもしれないが、生きていることに感謝の気持ちを忘れてはならないと、つくづく思う。とはいえ、そこに固執しては、自由な生き方はできないだろう。なまじ年をとると、その経験値から生きることに利口になる。たまには、ハメを外して若いときのように弾けて生きたいものだ。
